MSCBという社債をご存知でしょうか。これは、「Moving Strike Convertible
Bond」の略であり、「転換価格(下方)修正条項付転換社債型新株予約権付社債
」を意味します。言い換えれば、社債発行企業の株価の下落に応じて、転換価
格も下がる仕組みの転換社債です。
上場銘柄の中には、株価が下がり続けて50円以下になっても、一向に反発せず、
安い値段で株価が低迷したままの銘柄がいくつもあります。
そのような銘柄の多くは、MSCBと呼ばれる社債を発行して、資金調達をしてい
ます。なぜなら、こうした企業は業績が低迷しており、金融機関からの融資を
受けるのが困難だからです。さらに、「業績の低迷=倒産リスクが高い」とい
うことで、一般的な条件での増資や社債発行も厳しいのが通常です。そこで、
MSCBの発行により、社債の引き受け手にとって有利な条件を設定して、何とか
資金調達をしているのです。
このMSCBの仕組みですが、社債を株式に転換する際の転換価格が、株価下落に
応じて下がっていくようになっています。例えば、A社が株価100円の時にMSCB
を発行し、転換価格が1株=100円だったとしましょう。もし、A社の株価が70
円に下落しても、通常の転換社債では転換価格は100円のままです。しかし、M
SCBでは、A社の株価が70円に下落すれば転換価格も70円に下がるのです。
MSCBを引き受けた投資家も、倒産の危険性のある会社の社債をいつまでも保有
するのはリスクが高いですから、投資資金の回収に動きます。最も手っ取り早
いのは、MSCBを引き受けた後、その銘柄を空売りし、株価が下がったところで
MSCBを株式に転換して、空売りしていた株を返却する方法です。これにより、
空売り時の株価と転換価格の差額だけ利益になります。
そして、MSCBが株式に転換されることは、MSCBの発行会社にとってもメリット
になります。MSCBのままでは、将来お金を返還しなければなりませんが、これ
が株式に転換されれば、返還の必要がなくなるからです。
しかし、既存の株主にとっては、空売りによる株価の下落と、転換に伴う発行
済株式の増加による株式の希薄化の影響を受けてしまうのです。
さらに、発行済株式が増加しますと、一般に株価の値動きが重くなり、それに
加えて直近の株価下落過程で買った投資家の戻り待ちの売り物も多く出ますか
ら、将来の株価上昇自体が難しくなってしまいます。
こうして、MSCBの発行により、株価下落+株式の希薄化という悪影響を既存株
主が受けてしまう構図になります。そして、MSCBの発行を繰り返すと、株価下
落+株式の希薄化がさらに進みますから、最終的に、株価は2桁、発行済株式
数はMSCB発行前の10倍というような、既存株主にとってはかなりの不利益を被
る結果となってしまうのです。
昨年6月に、東証はMSCBの発行に対して、既存株主や市場への影響を十分に配
慮した上で検討、実施をするように各上場企業に要請しました。このことによ
り、今後は今までのようなMSCBの乱発は減るとは思いますが、MSCBの発行が禁
止されたわけではありません。
個人投資家としては、特に業績が大幅に悪化している企業のMSCBの発行は、将
来の株価下落要因になる場合が多いこと、そして、MSCBの株式への転換による
株式数の増加に伴い、いったん下落した株価がなかなか上がりにくくなってし
まうことは、知識としておさえておくとよいでしょう。